歌とみちづれ
朝、窓から陽がさす時間が早くなった。5時にはもう外が明るい。目覚めも早くなってくる。しばらくためらってから起き上がる。朝のウオーキングは五月頃から始めるのが習慣になっている。近くの山からのウグイスの声を聞きながら外へ出る。そこはすぐ公園だ。早朝の公園ではいろんな鳥の群れがえさを求めて飛び交う。仲間と呼び合うにぎやかな声。初夏の1日の始まり。
朝明けが早くなりたり朝明けの空気を吸うは鳥とわれなり
広い公園の中には時おり草むらに捨てられた自転車をみる。新しいものを見ることがある。そしてそれは日が経つにしたがって少しづつ部品が減っていく。新しいサドル、ペタルなど。そしてハンドルまで外される。光っていた部分も雨と夜露で赤錆びてくる。無機質な物体ながら命が失われる淋しさがある。持主は帰りを待っているかも知れないのに。
ハンドルを折られた自転車捨てられて羽もがれたる鳥になりたり
公園のとなりに広いグラウンドがある。日曜日には校区の少年野球チームの対抗試合がある。チームの子供たちより大人の応援団のほうが多い。おっさん連中の注文は相当にうるさい。エラーには容赦ない罵声もとぶ。歯を食いしばった必死の子供たち。汗にまみれ土ぼこりを浴びた姿が一丁前に見える。
晴天のつづく乾いた球場に少年野球は土けむり浴ぶ
となりの家に30才代の独身のおにいちゃんがいる。家族の朝の洗濯物はまとめて物干し竿に干しているが、どうしたわけか、おにいちゃんの物だけはいつも庭の木の高い枝に吊るしている。シャツもパンツも。急な雨の時は物干し竿は取り入れても、おにいちゃんが留守の時は、高い木の上の物はそのままにしてある。この写真は実物ではない。Googleの画像を利用した。
木の上に洗たくものが吊るされてとなりの家は今日も留守らし
歌とみちづれ
子供の頃、初めて土星の写真を見た時にこと、この輪の上を走りまわったら楽しいだろうなと思った。そしてもしかしたらこの輪はけっこうなスピードで動いているのではないかとも騒動した。それがガス体であることなどはもちろん、宇宙について何の知識もなかった頃のことだった。
土星の輪に乗りたしと思いし幼き日億光年の長さを知らず
JR加古川駅の南方にある刀田山鶴林寺は「播磨の法隆寺」と言われる国宝である。春の塵をかぶった仁王門をくぐれば本堂の甍も朱色の三重塔も檜皮葺の太子堂もしっとりと美しい。小学生の頃、写生会でよく訪れた場所であるが、数十年を経た今も全く変わらない。本堂前の沙羅の花ももうすぐ咲くことだろう。
千年の甍にひかり遊ばせて仁王は阿吽しずまりて立つ
三月とはいえまだ寒さの残る日、娘を初めての海外旅行に発たせた。行き先はヨーロッパ。イギリスもフランスもイタリアも私には未知の国である。まずはロンドンに着くという。子を送った夜、ラジオで「世界の天気」を聴いた。「ロンドンは雨」という予報。雨のロンドンは寒いのだろうか。時差九時間の異国のことは想像もつかない。
初めての海外旅行に子を発たせ「ロンドンは雨」の予報聞きおり
冷蔵庫にしまい忘れた一個のレモンが卓上にある。それは美しい紡錘形をしている。まるで極太のチューブからたった今絞り出したばかりの黄色の絵の具のようだ。うす暗い部屋の中でそこだけが明るい。
黄の絵の具しぼり出したるかたちして卓にまろべりレモン一顆は
歌とみちづれ
宵の明星金星と、女神ビーナスについてしらべてみた。ギリシャ神話に出てくる愛と美の女神アプロディテの別の呼び名である。海の泡から生まれたといわれ金星をつかさどる。ビーナスの姿はルーブルのミロのビーナスとフィレンツェのポッティチエリのヴィーナスの誕生の絵が有名。
冬の日は時の流れの速すぎて夕べヴィーナスの光きらめく
瀬戸内海に面する姫路市の海岸に小赤壁という景勝地がある。姫路藩に招かれた頼山陽がここを訪れ、中国揚子江の赤壁に思いを馳せて名づけたといわれる。九百メートルの岩石海岸が連なる雄大な風景がある。風の強い冬の日、大波が岸壁を絶え間なく洗い続ける。
冬の浪 浪従へて至りたりいく度も洗ふ赤壁の壁
フランスの国宝級と言われるこの絵。かって日本など海外へ持ち出すのに五十億円の保険をかけたという。どこにそんな価値があるのか。しばらく絵を描いてきた私にもわからない。それでも野次馬根性、ルーブルではちゃんと見てきた。夏目漱石は自身の作品に中で「気味の悪い顔」と冷ややか。「モナ」は婦人の意、「リザ」は本人の「エリザベッタ」の愛称。
さにつらふモナリザの目に見つめられ謎の微笑の顔になりゆく
何十年前だったか、若い頃一人で京都を訪ねて歩いた。市電に乗って吊り革につかまっていたら、隣の品の良い白髪の御婦人がカーブでよろけてその小さな足が私の足の上にきた。その時である。御婦人は私の顔を見てこの言葉を発した。私はそのとき、ふんわりとした京都を感じた。
京都にはいま京ことば滅びしや「きつうきつうかんにんどすえ」
歌とみちづれ
きれいな絵葉書を見ると今でもそっと除けておきたくなります。遠い日日、ちょっとした気持を伝えるのに身近だった絵葉書。旅先や美術館などで求めた絵葉書に、「雪が降りましね…心をもった誠実さを大切にしようね」などと詩のような言葉が書かれていたものです。今の若い人たちも、今しか抱けない思いを、21世紀の手法で表現しているのでしょうね。
書くことも無からむものを美しき絵葉書そっと除けておくなり
教員生活も終わりに近い頃、テスト監督をしながら生徒たちを見ていました。10代の生徒たちは、男女を問わず見えない棘を持っています。自らを刺し時には周りの大人たちを刺す棘。薔薇の木の棘を取り去れば薔薇が枯れるように、外部から取り除いてはならないもの…思い思いの色のシャープペンを答案用紙に走らす彼らの息が、早春の教室の窓を曇らしていました。
棘も持ち考査を受くる生徒らの息やわらかく窓を曇らす
ドラッグストアの一角に冬の間、使い捨てカイロがうず高く積まれています。子狐や雪ん子や桐の葉などの絵の製品毎に「貼る」「貼らない」と分けてあり、まるで二つのタイプが小競り合いをしているようです。それら一つ一つを見ていると、貼らないタイプの「はる一番」とあり、思わず吹き出してしまいました。それにしても、今、こんな国が地上にどれくらいあるのでしょうか。
貼る貼らない貼らないタイプの「はる一番」小競り合いせりカイ ロ売り場は
歌とみちづれ
太陽の写真を見ていると、その色と迫力に今更ながら圧倒されます。噴き上がる炎はまるで彼岸花の花弁のようです。とてつもない存在です。白く見えるのは黒点、よく見ると飛ぶ鳥の形をしているものもあります。
ひがん花のような紅炎噴き上げて太陽は飛鳥の黒点を抱く
昨年、かぐやから送られてきた月の地平線に上る地球の姿は衝撃でした。それは青く美しく、つっつくと今にもパリンと音を立てて壊れそうなガラス玉のように見えます。この星に生れためぐり合わせに感謝したいと思います。
宇宙よりの地球は今にも壊れそう青き水晶玉 その星に住む
昨年の夏、塔の全国大会に参加した時のこと、林立する新宿の高層ビル群に驚きました。上へ上へと積まれたビルの谷間を歩いていると空が狭く感じられます。帰ってきて、東京に慣れた目で高層ビルのないわが町に降り立った時のこと、わが町の上には何もない空がただただ広がっていました。
新宿のビルの谷間をさまよいて戻り来しふるさとの空は空のみ




















