歌とみちづれ
高速道路予定地の休耕地がはるか向こうまでつづくコスモス畑になっている。早朝、その可憐な花と細い葉にびっしりと小さな露が置く。それらが朝の光を浴びて一斉にきらめくのである。美しいという言葉では到底足りないほど。でもその煌きも長くは続かない。太陽が力を増してくるにつれて、その粒子は跡形もなく消えてしまうのである。
千粒の露遊ばせてコスモスは高速道路予定地に揺る
運動会の組体操の光景。練習に練習を重ねて形が完成していく。運動会の花である。子供たちの目は真剣である。一人でも気を抜けばピラミッドは崩れてしまう。高く積まれた人間ピラミッド。見ている母親の中には「こんなに大きくなって」と涙ぐんでいる人もいる。その子供たちの胸は皆、日に焼けて大地の色をしていた。
蒼穹を背に積む人間ピラミッド少年の胸は大地の色す
長い間更地だった土地に家が建ち始めた。今日は上棟式。高く晴れ上がった秋空に新しい柱が次々と建てられてゆく。のみ音と金槌の音が固く響きわたり、木の香りが漂ってくる。施主は小さい子どものいる若い夫婦である。新築はやはりいいものだ。見ているとこちらまで幸せな気持ちになる。若い一家に幸多かれと願いたい。
上棟の空高々と晴れ上がり鑿音(のみおと)硬く木の香満ちくる
「十五歳になった僕は二度と戻らない旅に出た」 これは村上春樹の小説「海辺のカフカ」の帯の言葉である。私はこの本を猫だけのいる早朝のごみ置き場に見つけた。薄いブルーの表紙はまっさらである。捨てるにしのびない。そしてその本を手にとって驚いた。表紙にはちいさい猫の姿が印刷されていた。猫は連れて帰れないが本は連れて帰ろう。
朝まだき猫だけのゐるごみ置き場『海辺のカフカ』捨てられてをり






