姫路歌会記 9月
光つよくあたれば陰も濃くなるを運命として石しづかなり
人生の中には越えなければならない山がある。スポットライトが強く当たった場合はその影は真っ黒のはず。光の当たった部分の多い人は陰の部分も多いはず。強い光を望まず、平穏な暮らしを続けてきた人生を振り返って歌った。石を素材にしながら人生の深いところに触れたところがすごい。
夕近く日傘をさしたりつぼめたり特攻花咲く坂下りゆく
戦後60余年。特攻花を知る人は今日の歌会にいなかった。筆者はこの会の後、インターネットで検索してみた。太平洋戦争末期、鹿児島の基地から出撃する特攻隊の航空隊員に地元の娘たちが野の花「天人菊」を贈った。隊員たちは花をそっと滑走路に置いて帰らぬ攻撃に飛び立った。その地域には今も花が咲き続けているという。一首は誰かがその種を持ち帰ったのか、神戸の一角に咲いて平和な日日を見つめているという。
姉妹のようないでたちなれど親子なり向いのホームにならびておわす
「おわす」に意見が出た。これは敬語以上の尊敬語であり不自然な遣い方だと。作者は母親の派手すぎる服装に批判の目を向け皮肉った表現をしたという。
落雷をなだめるやうに降る雨は乾いた庭木をやさしく濡らす
長く続いた日照りのあと急に雷雲が発生した。あちこちの落雷で停電の被害が拡大した。雷が去ったあと、激しく降る雨はからからに乾いた庭土を濡らし庭木は急に元気を取り戻した。
秋霖に無言の影ら散歩せり合羽着る犬濡れそぼつ犬
秋の長雨の中を犬を連れた人たちが無言で行き交う。雨を行く人たちを「影ら」とうまくとらえた。合羽着る犬、については、不自然な扱い、大切にされている、気を散らさない配慮だ、などの意見。
ベランダにもたれて微風あびている姥は今が一番しあわせ
暑さもほぼ通り過ぎた秋の日、そよ風を浴びながらベランダにもたれ何も考えない貴重なひととき。長い年月には、耐えてきたいろんな事柄も、このひとときはすべてを忘れさせてくれる。
競技会のストップウオッチの秒針がそれぞれ残りの生を刻めり
「競技会のストップウオッチ」を、トラック競技を頭において考えるとこの歌はわからなくなる。作者は会場の競技全体の進行を計るためのもので各競技の記録用ではないという。針の進行の細かい刻みに圧倒されてできた歌。
須磨の海明石につづく水平線の夏より遠くなりたる光
須磨から明石海峡を見渡す風景。万葉を思わす世界が美しく描かれている。夏から秋へかけての季節の移りかわりを、夏より遠くなりたる光、と詠んだうまさに全員が賞賛。
大粒のぶどうふふみておいしいと笑まう園児の乳歯のならび
ぶどうが収穫される季節だ。幼稚園や保育園でも、おやつや給食につけて新鮮なぶどうの房が食卓に並んでいることだろう。小さな園児たちの喜ぶ顔を「乳歯のならび」と表現したところが巧み。
ツクツクの鳴く声せはし夏果ての入道雲を夕日が染める
油蝉やみんみん蝉の出番が終わりツクツクボーシが鳴き出すと、その声が急にせわしく聞こえ、季節が秋へと急加速する。西の空には夕日の朱がさまざまに変化しながら、この夏最後の巨大な入道雲を染めている。
わたしにはふるさとの花かすかなる冷気に開くセンニンソウは
センニンソウに話題が集まった。見たことがない人が多い。作者は生家のある丹波地方でなじんできたという。図鑑ではツルを持つ白い花、ほかの草木に絡みつく。冷気に開く、が花のふんいきを読み込んでいる。
残生を行ったり来たり何じゃこれ吾の脳の無辺の天地
高齢者の心境、と一口で言ってしまっていいのか。誰もがたどりつく道だろう。「何じゃこれ」に意見もあったが作者の思いが理解できるとの意見も。
めし二杯だんご一本追加して応援すればヘディングシュート決まる
めし屋のテレビでサッカーを見ている。めしは終わったが、緊迫した画面に変ったのでだんご一本追加して応援を続けた。「ヘディングシュート」は字余りが多いので「ヘディング」か「シュート」にしてはとの意見も。


