これは「塔短歌会」姫路会員のページです
こんにちは短歌

姫路歌会記 2月 (塔選者派遣による合同歌会)

 

冬空に向かってみんな立っているいっぱいの花ゆりのきの花

 

地を蹴りて幾度超ゆる半円ぞをみなごの頬ほの紅るめり

 

倒れたる隣の爺をサイレンが丸ごと連れて消えてしまえり

 

朝青龍は好きではないが包丁を思わず置いた優勝決定戦

 

飛ぶ鳥の影グランドを走り過ぎ少年野球は九回のウラ

 

ばきばきと殻を壊してゆくものはうす皮をむき食ぶる落花生(ピーナツ)

 

二本の絃のびやかにまた軽ろやかに自在に奏でる<チャールダッシュ>を

 

凍て雪を踏みてゆく音月光の下に勝者のごとく弾める

 

密やかに移転の噂流るればひそかに強く祈りはじめぬ

 

たおやかに宮殿流れる短歌(うた)声にわれ大和人の心魂目覚む

 

ひつこしは圧縮布団のやうにして過去を仕舞つてくるのであらう

 

空のあを雪の白さにうち染まず碁石は十字の上に立ちをり

 

空はいま逢魔がどきのうす茜高飛ぶ鴉は刻をいそげり

 

やはらかく背を受けとめて飴色を深めゆく椅子 君と呼ぶべし

 

いつまでも螺鈿のやうな輝きのすぎゆき想ひ遺影を見つむ

 

竹林のみどりの中を丈高く十七歳の孫われの先ゆく

 

はりみちる胸をおさえて浴衣着のむすばるる帯夕闇のなか

 

動きつつひかり偏る半円の凪ぎたる海をうしほ匂へり

 

夕闇が迫れば誰も帰りゆく形態安定加工のように

 

泣くひとの方が思いが深いとは思わざれどもわが身は泣けず

 

うかび来し歌の一首を留めむと手動の鉛筆削りを回す

 

路上にて生きる子供ら喜捨求めつかず離れず旅人を追う

 

ピンク色のけむりを見るは二度目なりかつてモノクロの画面にのぼりき

 

ぞくりとせる色香にはぐれ曼珠沙華繊きエリ足露に光りて

 

  ◎ 作者氏名はブログ上の個人情報保護のためすべて非公開としました。

 

 

ページトップへ

姫路歌会記 1月

 

バス降りてとっぷり暮れる交差点ほどよき緊張に信号わたる

 バスを降りて帰ってきたという安堵感と、とっぷり暮れた交差点を渡るという緊張感が、ほどよき緊張と表現されていて好感が持てる。

 

帰省した若きらと酒くみ交す「ぢいちやん」と呼ぶその太き声

 帰省した孫たちと酒をくみ交す賑やかで楽しい雰囲気の中で、「ぢいちゃん」と大人になった太い声が呼びかける。たちまち幼い頃が思い出される。幸せな家族が目に浮かぶと好評。

 

夕べよりしんと冷えきて雪となる湯舟に五つ柚子浮べたり

 視覚、触覚、臭覚の働いた歌。夕べ、雪、湯舟、柚子の「ゆ」音がリズム感をよくしている。

 

ヒメジョオン好きと職場に飾りつつ職への不満をこぼせり友は

 小さくて可愛いが雑草であるヒメジョオンを好きだと職場に飾りながら、友人は仕事の不満をぽろりと零した。日常の一端をうまく捉えた。

 

雪の上椿一りん音もなし誰も知らない老いらくをゆく

 真っ白な雪の上に赤い椿の一輪が落ちている。誰にも知られることなく静寂の中で。自らの老いらくを一人静かに生きてゆく。寂しさと潔さを感じさせる。

 

「世は定めなきこそよけれ」兼好のことばことりとわがうちに落つ

 何事かに出あい吉田兼好の「世は定めなきこそよけれ」に納得できたのだろうか。「ことばことりとわがうちに落つ」の表現がとてもよい。

 

昨夜(きぞ)深く空をおおいし透明感は今朝みる雪の萌(きざ)しでありしか

 あれは今朝の雪の萌しだったのか、と昨夜の空の透明感を納得させられた作者の感慨が表れている。

 

冬の日は時の流れの早すぎて夕べヴィーナスの光あざやか

 ヴィーナスは金星をいう。冬は日暮れが早い。早めの夕刻には宵の明星がはや光を放ちはじめる。ヴィーナスに意表をつかれた。

 

おかあさんなどと馴れ馴れしく入りきて買わぬと悟れば無言に去りぬ

 誰もが経験していることでよく分かる。二句に字余りがあるがあまり気にならない。

 

戴きし大根(おおね)に残る緑葉を小(ち)さく刻みぬきょうは七草

 大根のきれいな葉をつけたものを戴いた。その葉を小さく刻んで七草がゆの材料にした。季節感が好ましい。

 

ほかほかよデンと出されし薩摩芋言葉に匂ひありて楽しき

 ほかほかよ、は湯気が立って旨そうな匂いが漂ってくる。デンと、もいい。女性の好物に会話も弾む。この「楽しき」は許されそうだ。

 

億年の時の流れのひと処(ところ)みどりの星で会えてよかった

 宇宙規模で捉える時の流れは人間の人生もほんのひと処。みどりの星、地球であなたに会えて本当によかった。相聞ととりたい。

 

たのしいこども時代がぼくを支へています賀状はくまのプーさん

 楽しかった子供時代が今の僕を支えているので、賀状に「くまのプーさん」を選んだ。字足らずや字余りがあって散文のような趣だが、作者に何かあたらしい意図があるようだ。

 

ページトップへ


姫路歌会記 12月

 

犬小屋の跡に植えたる富有柿の数多みのるを配り歩きぬ
 犬を育て、その犬小屋を取り除いた跡に富有柿を実らせるまでの長い人生の断片を書きとめた。柿の実は木でいっぺんに熟すので豊作の年は収穫と消費も大変だ。

 

右マヒの尼君左手に胡麻をする摺子木ささえる作務衣の破れ
 尼僧を敬称で呼んでいるが作務衣の破れは貧乏寺を想像する。一生懸命生きている姿が見える。

 

三日月に金星木星集ひきて問ひかくるごと地球に瞬く 
  12月1日、月と二つの惑星大接近すの詞書あり。それぞれ周期の違う惑星の大接近はニュースになった。問いかくるの意味については環境、戦争など人間の愚かさについてという意見。

 

文豪の椅子に凭れて冬の陽を浴びる倚松庵に時停まれり 
 谷崎潤一郎が「細雪」を書いた神戸東灘の旧居。昭和初頭の豪華なたたずまいに時の停まる思いを感じた。外界を隔絶した世界。

 

多羅葉(たらよう)のことを話せばベッドより多羅葉なあと視線を返す
 養護老人ホームを見舞ったときのこと、反応のない無気力な老人が多羅葉の話題に反応し一瞬心が通い合ったという感動的な話。モチノキ科の一種で葉の裏に字が書けることで葉書の木と言う。

 

束の間を長い時間と思ひをり晩年とはかく心細きか
 十年を短く一時間を長いと感じることがあると共感の意見。

 

小春日の雪花の中を鳶の舞ふ津田尚志君の魂いづこ
 中国地方山地部では小春日に小雪が舞うことがあるのかも知れない。亡き親友を想う歌か。

 

冬の朝向こうの方から見覚えの猫が薄茶の背(せな)を丸めて
 寒い朝向こうのほうにいつか見た猫を見かけた。ああ生きているといとおしい気持になった。冬の毛替りを終えた後なのかふかふかの毛をしている。

 

地平線のかなたより続く野の道を帰り来二人影さきだてて
 地平線に続く長い道をやってくる二人。後ろからの夕日を浴びて長い影を前に映している。絵画によく見る風景だがこれは日本の風景ではなさそう。作者はヨーロッパで詠んだ一首だという。

 

寒き日はどうだんの赤濃く染まり枝差しのべて椿に触れる
 初句が一首を引き締めているがこの句を中ほどにもってきたらの意見もあった。作者はある朝、あまりの寒さに窓から庭を見た風景を詠んだと説明し原作のままとした。

 

ゆっくりと新幹線は発車せり煌き初むる首都の底より
 東京はビルの谷間に存在している。そしてビルの灯が煌き初めた夕方に乗った帰りの新幹線は、首都の底ひからゆっくりと抜け出した。

 

穏やかな師走の庭に雪虫の舞いて告げおり雪近きこと
 雪虫を見たことがない。わたむしとも言うらしい。雪虫を見て雪の近いことを知ると聞いても風土を感じるというしかない。姫路地方でまれに降る雪の日に注意深く観察してみるか。

 

人間の機能すべてを停止させ謐(しづ)かに招く墓の整列 
  短詩型の中に漢語をずらりと並べ意味のとりようのない歌。

 




 




 

ページトップへ

 

姫路歌会記 11月

 

万歩計よりも熊除けの鈴付けよどんぐり不作の年と伝うる

 この場面は山中のことではなく町中と聞いて驚く。熊が餌のどんぐりに不足して町に出没するとは物騒な。

 

はるばるとシルクロードを辿り来し茶けむり色の白瑠璃の碗

 はるかな距離と年月を辿って茶けむり色となったお碗。作者はこの色を栗木京子さんのけむり水晶からヒントを得たという。正倉院展のガラスの碗を詠んだ一首。

 

塀越しに枝伸ばしたる木犀はきらめく小花道に零せり

 誰にもよく解る情景。匂いが漂ってきそうと好評。

 

カブト虫売る道の辺の露店にも秋は来にけり虫にはなき秋

 結句の読みに戸惑った。作者は暗い箱に飼われている虫には四季がないと感じたという。

 

子の挙式おえて帰れるバスの窓に南アルプス霞みて蒼し

 親の安堵と寂しさを胸にしての帰路。バスの窓に南アルプスの霞んで蒼い雄大な山容を見た。感慨ひとしお。

 

Qちゃんの走る姿を切り抜いて影絵のごとく思い浮べる

 高橋尚子の引退を惜しむ。ランニングイメージを「切り抜いて」という表現に共感した。

 

今宵又ひとりの夜をテレビみて何事もなく老いてゆくなり

 誰もが共感する一首。「又」はひらがな書きがよいという意見。

 

高校生三、四人にて向き向きに蒼天あおぐ自販機の前

 高校生の飾らない日常をとらえている。向き向き、は何かの構図をみているよう

 

離陸する機上に思ひ出されたり野菜庫の中のタケノコのこと

 機上で冷蔵庫のタケノコが気になるのは女性独自の感性。上句で旅なれた様子がうかがえる。

 

上り坂曲がり道越え門の見ゆ天守へゆっくり人の波ゆく

 上句、絵のような情景。下句、大勢の観光客がゆっくりと天守に向かって進んでゆく動きが見える歌。

 

見慣れたる街はかるかやの間(あわい)より見えてどんより初冬のひかり

 絵にしたいような構図。見慣れた街に季節がうつり変わる。冬に向かってゆく寂しさも感じさせる。

 

高原の秋にわれらを誘いて若きふたりの愛は伸びやか

 この歌会5首目の連作として読めば理解できるが、独立した歌としてはわかりにくいという。全体として具体的な提示がほしい。

 

喜びも悲しみもうすく九十は魔界の入口今かたどらむ

 魔界は強すぎるという拒否反応があった。人には言えぬ修羅を体験したことからイメージされたとも。

 

  


ページトップへ

姫路歌会記 10月

 

喫茶にて三夕(せき)の歌学びいて出づればしぐれ街路樹ぬらす

 喫茶店での話題の中で三夕の歌(新古今集で定家、寂蓮、西行が秋の夕暮を詠んだ和歌)を話し合った。店を出ると時雨が街路樹を濡らしていた。心の潤いと風景が一つになった。初句は字余りになっても喫茶店としたほうがよいという意見あり。


ふとみると干したる傘のうえ金木犀の花こぼれいて季節あたらし

 季節を敏感に掬い取っていて気持がよい。上の句の字余りは工夫が必要。 


なめらかにいらっしゃいませと大声に呼び込む青年外つ国人の

 情景はよくわかるが結句の止め方が気になると意見あり。倒置法で強調したかったのかもしれないが。


穂すすきの束抱く人と地下街に行き合いにけりこよい十五夜

 内容が面白く下句のリズムが良い。「地下街」の使い方がいいという意見があった。



美しさをとぢこめて原節子とふ女優ありしを知らぬ人増ゆ

 伝えたい気持はわかるが上句の表現特に二句を練り直してほしい。


「すし買って帰る」のメールに気づきしは寿司食みし夜の明けてその午後

 若い人たちのように絶えずメールのやりとりをしている人ではなさそうだ。思わず笑ってしまうユーモアを感じる歌。


墓まゐりいつも駐車の苦労あり彼岸の世界の混みやう知りたし

 寺院か霊園の駐車場であろう。春秋の彼岸や盂蘭盆の墓参りには駐車場の混雑に苦労する。あの世でもやっぱり混み合っているのだろうなと想像してしまう。


柿の葉に毒針をもつ毛虫いて定期便なり団体さんなり

 梅雨の時期から秋にかけてイラガという緑色の毛虫が繁殖する。2、3センチで全身に毒針を持ち人の体温を感じる距離になると針を飛ばす。ズキンと痛みを感じ見る見る腫れてくる。腫れは何日も続く。この時期、庭の柿の葉の裏にぎっしりというのを見つける。時折殺虫剤を撒いているのだが。


名月の光のやうな腹を見せうねる守宮は楽しさうなり

 夜、窓ガラスに貼り付いている守宮をよく見かける。身体を大きくくねらせているのが楽しそうというのは遊び心があっていい。上の句の比喩が守宮の表現としては美しすぎるの意見あり。


営農に任せる家の増ゆる村そを耕すも高齢者なり

 農村も少子高齢化で農作業を任されている営農の人も高齢者なのだ。食料自給率、食の安全など真剣に考えなければならない問題を提起する歌。


凶作の年の最後の食というハミズハナミズふつふつと咲く

 ハミズハナミズという不思議な呼び名はどこ地方のものだろう。彼岸花らしいが。この毒のある花を凶作の年にどうやって食べたのだろう。戦時中は球根を掘って供出したらしい。爆弾を作るときの糊にする澱粉をとったらしい。最後の食の意味は作者欠席で解らないまま気にかかる。

 

 




 

ページトップへ
<< 2009/11 >>
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -


余白 Copyright © 2005 こんにちは短歌. all rights reserved.